権利制限規定の中にフェアユースを

著作権(法)の中には、権利制限規定というものがあります。

権利を持つ者に対して、一定の要件によって権利を制限、つまりは
「特定の場合には、権利者はその権利を行使できない(制限される)」というものです。

日本の著作権法では30条以下において規定されています。
その特徴は明文化され、ケースごとにきっちりと分けられていることです。

例えば、30条「私的使用の為の複製」では、
自分の所有しているCDのバックアップDiskとして、コピー(複製物)を作成できます。

制限規定が無ければ、もちろん権利者に対して一定の複製に係る著作権使用料を支払う必要があります。
しかし、この権利制限規定がある為、無料でコピーできます。

※但し、自分のCDを友人にあげるためにコピーする場合には、30条の適用外となります。

また、38条「演奏権の制限」では、以下の3要件を満たす場合には、無料でライブを行うことが可能です。

  • 無料であること
  • (誰も)収入を得ないこと
  • 非営利であること

例えば、個人でギターで弾き語りをしていても、収入を得ず、非営利であれば問題なし。と言うことになります。
以前
「コンサートを小学校等で無料で開催したが、交通費として頂いたお金があり、この点からJASRACに著作権使用料を請求されている」
という相談を受けたことがあります。

問題は「交通費」ですが、解釈として「交通費」は収入に当たらないということになっています。
ただし、この金額があまりに大きいと…ね。

ちなみにJASRACではチャリティ・コンサートでの募金を「収入」として考えているようですのでご注意を。
彼等は信託された財産を可能な限り運用したいようなので、そういう対応をしているようですが、
この点は如何なものかな?

この他にも、「図書の点字への翻案」などは権利が制限されます。
公益を考えた場合には妥当だと思われる項目が並んでいます。

これらの権利制限規定の問題点は、
「明文化するのに時間がかかり過ぎて、現実と乖離している」ことでした。
よく例え話に出されるのは
「国内では検索エンジンが著作権法の対象となる為作ることができない」
というものです。

しかし、フェアユースを権利制限規定に盛り込むことで、より柔軟に運用することが可能となる予定です。

英米法の考え方で「コモン・ロー」というものがあります。
日本語に置きかえるなら「常識による法」というのが妥当かと思います。

常識的に考えて、問題はない。
常識的に考えて、おかしい。
(正確にいえば、ベルヌ条約の3step testとの関連も)

これが基本です。
もちろんこの「常識」がフェアユースの導入に大きな問題をもたらす可能性を秘めている訳で。

「常識」はいつの世も様々な事象の影響を受けて変化するものです。
では、フェアユースの概念において、何が有りで、何が無しになるのか?

この部分はフェアユースを運用する上で大きな問題です。
1. 同人誌は有なのか?
2. 検索エンジンは有なのか?
3. パロディは作って良いのか?
4. コピペblogは有なのか?
挙げれば枚挙に暇がありません。

この「どこまでが適用範囲なのか?」はコンテンツ業界において、多くの訴訟を起こすきっかけになるはずです。

実際に運用される中で、使用者の立場からすれば容易に「フェアユース」だから、と考えて使用に踏み切るには危険が大きい状況になるかも知れません。

これからどうなっていくのやら。

権利者と使用者、未来の権利者との中で大きな戦いが巻き起ころうとしています。
どうなる?どうする???

私個人としては、もっと自由に表現できる世界の方が楽しいと思いますが、コンテンツ業界に損失を与え続ける状況もこれからの日本にとって痛手だと考えています。

このバランス、絶妙。

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