血液型ブームに見る影

oricon style:ベストセラー・血液型『自分の説明書』のO型編が発売 今冬にはゲーム化も決定

もう何年になるでしょうか?
記憶が正しければ、5年ほど前に「血液型」をネタにした性格、人格のテレビ番組が流行したと思います。私はB型で、周囲からは謂れのない差別?とまでは言いませんが、奇妙ないじめのような現象に何度も遭遇した記憶があります。

個人的にはこのような書籍が売れる理由がよく分かりません。

一連のブームを通して感じるのは、「他人を容易に定義しようとする流れ」です。
もしかしたら、過疎化や核家族化の影響が今になって書籍、エンターテインメントの形で表出しているだけなのかもしれません。

私は田舎の生まれで、コミュニティの『目』に気を使う必要がある生活をしていました。
もちろん悪いことばかりではなく、それぞれ個人のアイデンティティは長い付き合いの中で分かっているので安心して近所の人と交流したり、病気や冠婚葬祭の際には手を貸し合ったりしてきました。
(もちろんこの部分が、過疎化を加速させている要因だとも感じています>参入コストの高さ)

安心して生活できる環境があった。
喪失した安心のかわりに待っていたのは朦々漠々とした不安。

そんな不安を解消する1つの手段として人気があるのが、他の一方的な定義をすることが可能な知識。
特に、社会的に一定の同意を得られる方法=『血液型による他の定義』なのではないか?と考えています。

何だかさびしい時代だな、とも感じますが、
代替の技術が無いという訳でもないな、とも思っています。

代替の手段として挙げられるのは、mixiをはじめとする紹介型SNSやTwitter、blogといったものになるのかも知れません。
それぞれは、時間がかかりますが結果的に個の特性を表出する媒体です。

まだまだこの(結果的に)『個』を定義するサービスは需要もチャンスもある気がします。

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